敬老の日に思う~

~~ノボタン~~

f0375451_22183332.jpg

物のない時代に工夫をして生き、
悲惨な戦争を乗り越えて、
日本の礎を築いてくれた方々だ。

心から感謝を申し上げたい。

日本は長寿大国だ。

しかし健康長寿なのか???

私の両親は晩年10年間 病気と仲良しだった。
共に、平均寿命まで生きれなかった。

その10年の間に、
介護保険で適用されていた医療費
国の負担は 大変なものだった。

「敬老の日」のお祝金や行事に
お金がかかりすぎるどころではない。

毎日毎日の医療費・薬代・・・
国の負担は半端ない!

それに、チョッと具合が悪くて
医者にいった時の「薬の量」が
半端ない!

本当に、薬はそれだけ必要なのか?
通院は必要なのか?

もし、患者の負担が増えたとしたら、
皆病院に行かなくなって、
薬代も治療費も減るよね~


病院に行って、
「良くはならないけど、
 うちに通わなければ、この薬を飲まなければ、
 もっと悪くなるよ」
と言うお医者さま~

最初から信じられない気がする。
薬って、必要最低限にしないと
ボケるって話も聞いたことがある。


高齢者の治療費・薬代・介護保険制度に
厳しい制限を付けないと、
未来の子ども達に、大変な迷惑がかかる。

ってことは、あまり声を大にしては
言えないことなのですが、
事実なんだよね。


静岡県の敬老御祝金事情 リンク貼ってみました。




《プロフィール》
1959年 熱海市生まれ。静岡県立三島北高校卒業。
女子大に入学するが「夢ややりたいことが見だせず」中退。
1986年自覚症状がないまま、突然の下半身の激痛と出血。
地方都市の個人病院で「卵巣嚢腫」と診断。
その後 東京癌センター病院にて再検査。
卵巣に異常はなかったものの、壊死していた「子宮」を全摘出することに。
最悪の場合「余命は半年」と宣告されての手術。
術後の細胞検査に癌は見つからず、「生きる」ことを許されたが、
「子どもを産めないんじゃ 生きていてもしょうがない。女としての意味なんてない。結婚だってできない。恋愛だってできない。」
としばらく自暴自棄の状態に。
しかし、主治医のポジティブな考え方、両親の支えもあり、「与えられた命を生きていく!」と心機一転。
新しい出会いもあり、1989年 結婚。
フラワースタジオで学び講師になり、熱海で教室・花屋を開業するも、1998年 離婚。
2002年 生花店2代目と再婚。



[PR]
by hanaya-akkie1187 | 2017-09-18 22:25 | 告白 | Comments(0)