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ある出会い②

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入院中に外出したのは 1度。

タクシーで銀座4丁目まで行った。

何を欲しい訳でもないけど、
銀ブラをして同室の方への
お菓子と、外売りをしている花屋で
黄色のバラを1本買った。


バラはMちゃんにあげた。


その頃の私は
自分のことを不幸だと思っていた。
可哀想~な自分

そんな気持ちが
変わっていった。


それは・・・
自分より辛い思いをしている
Mちゃんに出会ったからだ。


「不妊治療していたんだ~」で
始まるMちゃんの話は辛すぎた。

生理不順で不妊だと治療し続けて、

いくつかの病院を廻って
最後にがんセンターにたどり着いた。


卵巣がん 子宮への転移
末期がん・・・・

淡々と語る Mちゃん。


私も・・・
手術後 ゴマ粒大の癌が見つかった時点で
余命半年~と


20代の女の子がパジャマ姿で話す会話


誇らしげに風船のようなお腹をして
笑い乍ら 話してみたかった。


私たちには
手の届かないところにある幸せだった。


入院中、私は雨降りの日を
覚えていない。


病院の窓から見える
晩秋の高すぎるほど天上にのびる青空は、
私の心とは裏腹で
手の届かない遠くにあった。





《プロフィール》
1959年 熱海市生まれ。静岡県立三島北高校卒業。
女子大に入学するが「夢ややりたいことが見いだせず」中退。
1986年自覚症状がないまま、突然の下半身の激痛と出血。
地方都市の個人病院で「卵巣嚢腫」と診断。
その後 東京癌センター病院にて再検査。
卵巣に異常はなかったものの、壊死していた「子宮」を全摘出することに。
最悪の場合「余命は半年」と宣告されての手術。
術後の細胞検査に癌は見つからず、「生きる」ことを許されたが、
「子どもを産めないんじゃ 生きていてもしょうがない。女としての意味なんてない。結婚だってできない。恋愛だってできない。」
としばらく自暴自棄の状態に。
しかし、主治医のポジティブな考え方、両親の支えもあり、「与えられた命を生きていく!」と心機一転。
新しい出会いもあり、1989年 結婚。
フラワースタジオで学び講師になり、熱海で教室・花屋を開業するも、1998年 離婚。
2002年 生花店2代目と再婚






by hanaya-akkie1187 | 2018-07-16 05:49 | 告白